前回まで、少子化対策について考えてきた。東京大学の赤川学教授、そして中央大学の山田昌弘教授はインタビューで、これまでの少子化対策にはほとんど有効性がなかったと指摘。それを踏まえ、どのような政策が望ましいか、読者の皆さんにコメント欄で議論していただいた。

 今回は、少子化対策から「女性活躍(ジェンダーギャップ解消)」にテーマを移す。インタビューしたのは、ジェンダー問題の第一人者である社会学者、上野千鶴子氏。菅義偉政権は、安倍晋三前政権から「女性活躍」を目指す政策を引き続き推進する姿勢を打ち出している。上野氏は、日本の現状と対策について、どのように考えているのか。2回に分けて掲載する。

※後編:[議論]上野千鶴子氏(下)「クオータ制でおっさん粘土層を壊せ」(仮)は近日公開予定。お見逃しのないよう、シリーズをフォローしてください

社会学者の上野千鶴子氏(写真:的野弘路)
社会学者の上野千鶴子氏(写真:的野弘路)

2019年末に世界経済フォーラムが発表したジェンダーギャップ指数ランキングでは日本は153カ国中、過去最低の121位となっています。「女性活躍」の現状をどのように見ていますか。

上野千鶴子氏(以下、上野氏):ぼうぜんとしています。というのは、毎年、ジェンダーギャップ指数は下がり続けていますが、それは、日本が悪くなっているからではなく、諸外国がジェンダーギャップの解消に努力しているのに、日本は変化していないから取り残されているのです。

 しかも、今年は新型コロナウイルスの感染拡大による経済の落ち込みで、いわゆる「派遣切り」などが起きている。雇い止めや失職が女性に集中しています。統計数字が出てこないとはっきりしたことは分かりませんが、ジェンダーギャップ指数はさらに下がるのではないでしょうか。

 派遣切りに遭うと失業者になります。不況になると専業主婦率が上がる傾向がありますが、専業主婦は隠れ失業者。非正規雇用の女性には非婚やシングルマザーが増えましたから、彼女たちは失業申請をするでしょう。女性の失業率が上がって、女性の賃金はさらに下がる。ギャップはもっと広がるでしょう。

 それに、今派遣は契約期間がどんどん短くなっていて、6月末、9月末に派遣切りの危機が来ました。12月末には年内で契約を切られるという状況がたくさん出てくることを心配しています。

 認定 NPO 法⼈しんぐるまざあず・ふぉーらむ(東京・千代田)による、シングルマザーを対象にした7月の調査によると、約7割が自身の雇用や収入への影響があったと回答し、具体的な影響の内容として「収入の減少」と回答した人の割合は、正規雇用者の33%に対して、非正規雇用者は52%にも上っています。シングルマザーに対するコロナの影響はものすごく深刻です。

 新聞報道などで非正規雇用者がコロナ禍で雇用調整に使われていると解説していますが、そんなことは派遣法改悪の時から分かっていたことで、今さら何を言っているのか、という思いです。

ジェンダーギャップの解消には、まずは非正規雇用者の待遇改善が欠かせないということでしょうか。

上野氏:女性の就業率は約7割に達していますが、そのうち非正規雇用者は5割を超えています。すごいことです。

 女性向けの政策は、これまで勘違いの連続でした。安倍晋三前政権が誕生したとき、真っ先に打ち出した女性向けの政策に「女性手帳」というものがありました。「卵子は老化する」ということを啓蒙して、若いうちに子供を産んでほしいという呼びかけでしたが、そもそも「産みたくても産めない社会をどうにかして」という反発にあって引っ込めましたよね。

 その後に提唱したのが、企業の育児休暇を3年間に延長する「3年間抱っこし放題育休」。働く女性はむしろ、3年間も会社を休みたいと思っていません。そんなに休んだら職場に復帰できなくなるのではと不安になります。そのことすら想像できない、あまりの勘違いぶりにあきれました。

 さすがに菅義偉首相はそこまでの勘違いはしていないようですが、所信表明演説では新しいことはほとんど言いませんでした。強いて言えば、不妊治療の保険適用でしょうか。ただ、これも産みたくても産めない社会をどうにかしてほしいという女性の声に応えているとは思えません。

日本産科婦人科学会によると、体外受精で生まれた子供の数は2018年で過去最多の5万6979人でした。総出生数は91万8400人なので、全体の約6%を占めています。

上野氏:不妊治療の保険適用は少子化対策に多少の効果があるかもしれませんが、一方で、妊娠中絶件数は2018年で約16万件にも上っています。しかも年齢層で見ると、20代前半が特に多い。安倍首相が言った、卵子の若い人たちです。

 不妊治療で生まれる子どもより、闇に葬られる子どもの数の方が多いのです。この子たちに生まれてもらうほうが少子化対策になります。

 彼女たちが産めない最大の理由が、経済的な問題です。

少子化に歯止めがかからない根本的な理由が経済的な問題だとすると、それは女性の就労者に占める非正規雇用の割合が高く、本当の意味での女性活躍が進まない問題とも表裏一体なわけですね。

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最低賃金は1500円に引き上げを

上野氏:本当にそうです。世の中で働いている人たちは、待遇の恵まれている総合職の正社員ばかりではありません。

 年収300万円の20代前半の男女がカップルになったら、世帯収入は600万円になります。それくらいあれば、子どもを産んで育てられる社会をつくれるはずです。それには、最低賃金を時給1500円に引き上げることが、1つの解決策になると思います。年間2000時間働いたら、年収300万円になります。

 雇用契約では、労働者は労働力を企業に売る契約をします。その対価として、売った分の労働力を回復させる費用を給料としてもらうのです。その給料を「労働力の再生産費用」と言い、使用者には労働力の再生産費用を支払う責任があります。

 人並みの生活をするにはどれくらいの時給が必要かを、積み上げ方式で計算していくと、だいたい1500円になるそうです。それが労働力の再生産費用に相当すると考えられますが、非正規雇用者の給与はこの労働力再生産費用の水準を下回っています。

コロナ禍で事業環境が厳しくなり、最低賃金引き上げに慎重な意見もありますが。

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