『スケアクロウ』
作者/秋本龍之介
studioPAIKARU
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登場人物
ロビン(♂)
ブルース(♂)
ナレーション(不問/ブルースと兼任でも可)
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ナレ :1960年代後半、9月。
この国が冷たい睨みを効かせ合い、ベトナムに代理の炎を放っていた頃。
ある男が見ず知らずの女を殺し、食べるという事件が起こった。
被害者の女性はメリージェーン。
以後、彼女の愛称で「MJ(エムジェイ)」と呼称する。
彼女が仕事を終えた後、帰宅途中を狙った犯行だった。
殺した男の名前はロビン。
まずは、彼の言う事に耳を傾ける事としよう…。
ロビン :俺は良かれと思ってやったんだ。
彼女も嬉し泣きしていたよ。
…まず俺は、彼女の帰宅中に話しかけたんだ
彼女にさ、「やぁ、一緒に話しよう」ってさ。
でも彼女は俺を無視したんだ。
俺は彼女の事はなんでも知ってる、ずっと見てきたんだから。
だからさぁ、「大丈夫だ、心配ないよ」ってさ
でも「いい加減にしてよ」って彼女は怒っちゃってさ。
でも優しい俺はさぁ、「大丈夫だ、もう大丈夫だ」って言い聞かせて
彼女の頚動脈をスパっと斬ったわけ。
そしたら彼女は泣きながら俺を見て眠ったんだ。
その後は、彼女を優しく車に乗せて、俺の部屋に運んだよ。
それから彼女をベットに寝かせて、
頭から足の先までちょうど12等分に切り分けたんだけど…
これがまた一苦労でさぁ、終わった頃には次の日の昼だったんだ。
それから、無我夢中で彼女を食べてあげたんだ…。
最後に頭を食べようとしたんだけど、あの子
「私って魅力的よね?今かわいい顔してるかしら」
って顔してやがったんだ。
だから「大丈夫、君はいつでもかわいいよ」って…
…だってほら、優しいだろ?
ナレ :刑事のブルースは
自分のかつての妻MJが、行方不明という知らせを受け
仕事とは別に彼女の捜索をするが、手がかりは見つからない。
そして3ヶ月が過ぎた頃…その日は突然にやってきた。
ある朝、ブルースが目覚めると
「来訪者」はブルースのベッドの前に立っていた。
ロビン :グッモォニング・ミスタ・ブルゥス!!
…なぁ、ブルース。
ヒッピーどもの取締にお盛んで忙しいだろ。
ご苦労さんだよなぁ?
ブルース:…誰だ…誰だお前は…うぐっ…ぐっ…(起き上がろうとするが体の自由が効かない)
ロビン :あーあー、悪い悪い。
お前が寝ている間に
まぁその、なんだ、筋弛緩剤を打っておいたんだが…大丈夫だ、大丈夫。
会話くらいはできるやつだからなぁ。
どうだ?喋れるだろ?
ブルース:お前は誰だ!(尚も必死に体を起こそうとするも動けない)
ロビン :俺はロビン…お前に白状したい事があって来たんだぁ。
…まぁ、聞けよ。
MJの事だが、お前には「かわいそう」な事をしたよなぁ…。
ブルース:…なんだ…何を言っているんだ…?
ロビン :いやさ、本当にお前には「かわいそう」な事をしたと思ってるよ…。
MJは、俺が「殺して、食べて」やったよ。
ブルース:!!(言葉ににならない激昂)
ロビン :ヒィィィハハハハ(狂ったように高笑い)
だからさぁ、落ち着けっつってんだよぉ!!
俺もこんな事はお前にしたくなかったよ。
一応だが、ベッドの裏にC4をセットしてある。
悪いなホント。
余計なことはしてくれるなよ。
じゃないと、その…あれだ、ドカーン!だ。
だから…あー、まぁ、落ち着けよ。
ブルース:(少し長い沈黙の後)…わかった。
ロビン :俺はこの日
全部ここで「自白」するために生きてきたようなもんだ。
ブルース、お前にはもうこれ以上悪いようにはしないって…。
MJはひと月ほど前から
ピーターとかいうイモ野郎と付き合い始めていたんだが
お前知ってたか?
ブルース:…いや、知らない…。(激しい怒りを抑えながら)
ロビン :だろうな。
ブルース:お前はMJの知り合いか?なんだ!?
ロビン :そう!そこん所が難しい問題だ。
ブルース:…ストーカーか?
ロビン :そういうくだらない俗語にくくられたくないね。
まぁ、「見守って」いた
…って言い方なら俺は嬉しいんだけどなぁ…。
これは、尋問じゃあない、確認だ。
いいか?
MJとお前はどうして別れたんだ。
ブルース:お前にそれを言う必要はない。
ロビン :立場をわきまえろよブルース!…ドカーン(囁く)
ブルース:…お前の言うとおり私は
反戦運動で騒ぎを起こす奴らや
平和の名のもとにドラッグに手を染める若者たちの
取締に明け暮れている。
仕事上でも私生活でも、私はそれを許すことはできない!
それで、彼女と反りが合わなくなった!
…私が子供を作れない体だという問題もあった。
すれ違ったんだ!
…よくある事だ。
最近みたいな混沌とした時では
どこでもそういうことがあるじゃないか!
だからなんだ?
お前は部外者だろ!
もう彼女とは離婚したんだ!
…終わったことに文句があるのか!
ロビン :そんな事でお前は
自分自身を納得したつもりにでもしてるのか?
「未練タラタラは男らしくない、切り替えていきましょうね」
ってか?
…くだらないね。
よくない。
そういうのはよくないんだよブルース。
んん、その、あれだ、「俺のポリシーに反する」ってー
ブルース:…お前のポリシーだ?
そんなものは、私とMJとの間に関係ない話だろ!
ロビン :いやいや、それが大アリなんだブルース。
ブルース:…なぜだ、なぜMJを殺したんだ!!
ロビン :…俺にとっては簡単な理屈だ。
その、「相容れないんなら一つになればいいと思った」って。
そんだけ、単純な話だろ?
俺はなぁ、ブルース
お前とMJが良き夫婦でいられたんなら、まだ許容できたんだ。
ブルース:…「お前とMJ」…なんだって?
ロビン :それが…あんな
ピーターみたいなイモ野郎のとこに行くくらいなら
「俺と身も心も一つにしちゃえー」って。
ブルース:ちょっと待て。
…お前、いつからだ!
いつから俺とMJを監視していたんだ!
ロビン :ずっとだよ。
ブルース:ずっと?
…おい、どういう事だ!
ロビン :まあ、落ち着けって。
ブルース:(沈黙)
ロビン :…お前はゴミ溜めみたいな家で育った。
6歳の時、オヤジが死んでから
おふくろはお前にちゃんと向き合ってこなかった。
おふくろがどんどん狂ってさぁ
時々、猫可愛がりしたように何かを買い与えたかと思えば
学校でいじめられたり、苦しいことがあったりすると
すぐに面倒だと思って、お前を突き放した。
お前は「家族」ってヤツに嫌気が差して、19で家を出た。
それからお前の人生は、いい方向に向き始めたなぁ?
MJとも出会い「愛を育む」ってヤツを覚えて…
…それで良かったのに、お前は俺を裏切った!
お前はまた一人ぼっちになって生活も荒れだしたぁ!!
ブルース:…なんだ…何を言っているんだ…?
ロビン :お前はMJと結ばれて
「家族」ってヤツを取り戻したかったんだろ?あぁ?
なのに、なんだ今のお前は!!
ブルース:…私の生い立ちまで…
いや、私の心の中まで、なぜお前が知ってるんだ!!
ロビン :…だからさぁ、MJを殺してやったんだ。
それで、残さず全部食べちゃった。
そのままかぶりついたり、「目玉焼き」にしたり
ローストビーフ…いや、えーっと、ローストヒューマンにしたり…
まあ色々とさぁ…。
そしたらさぁ!これで晴れてめでたく「二人で一つ」ッッッ!!
いわゆるその~、究極的に結ばれるって…
俺のやり方は優しいだろ?
ブルース:(再び、激昂。言葉にできず嗚咽、号泣)
ロビン :ほぉら!
離婚したんだろ?もう縁は切れたんだろ?
じゃあなんだ、その涙は!
ブルース:私は…自分に対して
…思い出を作り続ける事が、人生の生きる意味だと思っている。
人は死んでも、誰かの思い出の中で生き続けるからだ!
…貴様にはそういう思い出が何一つないのか!
ロビン :…ないね、一切。
俺にはお前みたいに信頼できる友達や愛する人間なんて
…そういう、あー…
「真っ当な人」ってヤツに与える、与えられるモノなんてないんだよ。
それでもだ!
お前の事を妬まずに「見守る事」を決め込んでたぁ!
それをぶち壊したのはお前なんだよ、ブルース!!
ブルース:…だんだん分かってきたぞ。
…部屋の家具の配置や小物が…動けんから見渡せんが…
私が結婚していた頃に戻っている…貴様は一体…。
ロビン :ほぉら、本当は、起きてすぐ気がついていた癖に
平然とそういう返しをしやがる。
俺はお前のそういう所が一番ムカつくんだよぉ!!
察しのいいお前は本当はさっきから気がついてるだろ!!
今この場が「夢の中」だって事もなぁ!!
(ブルースの顔に近づいて)
…いいか、俺は「スケアクロウ」だ!
畑のなかでつっ立って、「こうやって笑顔を貼り付けた」ままに
お前らをただ眺めている事しかできないカカシなんだよ!!
ブルース:…お前は、お前は狂ってるぞ…!
ロビン :俺は狂ってなんかない!!
…俺はお前の影だ…
今まで、お前の見えない所で
お前をウォッチし続けていた。
…お前の心の中にいる、もうひとりのお前なんだよ!
ブルース:黙れ!!
お前は…断じて私ではない!!
お前を…必ず逮捕するぞ!
…いいかロビン、MJにはMJの人生があった。
それをお前のエゴのために殺した報いは、必ず受けてもらう!
ロビン :自分に嘘をつくなぁッッッ!!
…昔からそうだ。
無口なお前の口から出る言葉は、いつも模範解答みてぇな
クソくだらねぇゴタクばっかり吐きやがる。
…きっしょくわりぃんだよ!
自分が真の愛国者で、みんなの見本になるおまわりさんだと
本気で思い込んでるつもりか!
ブルース:…私は絶対に、お前を自分自身とは認めん。
現実に戻ったら、私は職場に行く。
速やかに私自身への精神鑑定を手配し
…お前を引きずり出し、徹底的に取り調べてやるからな。
ロビン :ヒィィィハハハハ!!!
お前は…お前はそんな事はできやしない!!
ブルース:なに…?
ロビン :もしお前が自首したところで物的証拠は一切残っていない!
…お前が突然気が狂ったと思われて終わりッ!
お前は職場の仲間からも同情の目で見られ
同僚やボランティアの奴らに連れられて
精神病院行きになるのがオチなんだよぉ…。
…じゃあなブルース、これで俺の「復讐」は終わりだ。
ブルース:おい!待て!待つんだ!
話は終わってないぞ!
待つんだ!!
ロビン :…ああ、言い忘れてた事が一つだけあるんだが…
ブルース:…必ず、お前を牢獄にぶち込んでやるから、覚悟しろよ。
ロビン :これが俺の最初の殺しだと思っているのか?
めでたいやつだな。
ナレ :ブルースが目を覚ますと、そこにはいつもどおりの自分の部屋があった。
窓の向こうは大雨だった。
ブルース:…ひどいクリスマスプレゼントだな。
ナレ :彼が顔を洗おうと洗面所に向かうと、鏡が叩き割られていた。
ブルース:…逃げ切ったつもりでいるな、ロビン。
必ず、貴様を引きずり出してやるからな…。
ナレ :そしてブルースは、昨日までとは違う目的で、出勤の準備を始める。
雨にうたれ、街を歩く。
自分自身を、欺くために…。自分自身を、裁くために…。
<END>