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朝日地球環境フォーラム2009

「小さな地球」、無限の可能性 環境フォーラム・あすの農学を考える座談会

2009年10月16日

写真(上)千葉県鴨川市に広がる大山千枚田。東京から一番近い棚田として知られる
(下)演習林に入り、木の幹を計測する=新潟県佐渡市

写真(上)海外研修で淡水魚の養殖作業に加わる=タイ・チェンマイ県
(下)農場での実習を通じ、生き物とのつながりを知る=新潟県五泉市(写真はいずれも全国農学系学部長会議提供)

写真 生源寺眞一氏(しょうげんじ・しんいち) 東京大学大学院農学生命科学研究科長。専門は農業経済学。
 51年生まれ。76年東京大学農学部を卒業。農林省(現農林水産省)農事試験場研究員などの後、87年東大農学部助教授に。農学生命科学研究科教授などを経て、07年から研究科長。09年度の全国農学系学部長会議会長。

写真 内田一徳氏(うちだ・かずのり) 神戸大学大学院農学研究科長。専門は土地環境学、土質動力学(アースダム・ため池の耐震設計)。
 50年生まれ。80年京都大学大学院を修了。京大農学部助教授、神戸大農学部教授、農業土木学会理事などを経て、09年から研究科長。同年度の全国農学系学部長会議副会長。

写真 あん・まくどなるど氏 国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティングユニット所長
 65年生まれ。カナダ・マニトバ州出身。ブリティッシュコロンビア大学日本語科卒業。88年熊本大学に1年間留学したのち、農村のフィールド・ワークに従事。宮城大学国際センター准教授などを歴任し、08年から現職。

写真 丸山清明氏(まるやま・きよあき) 農業・食品産業技術総合研究機構理事・中央農業総合研究センター所長
 47年生まれ。74年東京大学大学院を修了。農林省(現農水省)に入り、北海道農業研究センター所長、農林水産技術会議事務局研究総務官などを歴任し、06年から現職。「緑提灯」の発案者としても知られる。

 高齢化や過疎化に加え、国際競争、気候変動――。農業は大きく揺れている。そうしたなかで、大学の農学部への関心は高まっているという。地球環境を幅広くカバーし、人々の命を支えていることが、再評価されだしたのか。鳩山由紀夫首相が民主党代表として温室効果ガスの大幅削減を打ち出し、内外の注目を集めた「朝日地球環境フォーラム2009」(9月7、8日開催)の関連企画として、全国農学系学部長会議のメンバーや農業関係者らと農学の今を考えた。(聞き手は、フォーラム事務局マネジャー・荻野博司)

 ◇農学の現状

 ――まず農学の現状を聞かせてください。

 生源寺眞一 社会の関心が最も低かったのはバブル経済のころで、今は逆。穀物や乳製品価格が上がったことやリーマン・ショックの反作用があるでしょう。一番の底と最高の双方を経験しました。

 内田一徳 昔は食の安全というのは、医学部や保健学科のテリトリーでした。今では、農学が農場から食卓まで幅広いところをカバーしています。生物、生命を取り扱う複雑系ですね。統合されたシステム自体を研究するという意味では、「ミニガイア(小さな地球)」を持っている。多くの領域にまたがる農学部は「ミニユニバーシティー」とも言われます。

 ――丸山さんの職場は、農学にきわめて縁が深いですね。

 丸山清明 農学は、生産技術にしても、人と人とのかかわりの分析でも随分と変化しています。「必ず変わるから、あとは自分で考えろ」というような授業をやっていけば、目の輝いた学生を私どもも採用できると思うのです。

 私が生まれたころは80%は農村に住んでいて20%が都会に住んでいました。それが逆転しています。工業化で豊かになったかもしれないけれど、置いてきたものがたくさんある。農学の頑張りどころでしょう。

 あん・まくどなるど 日本の農業は、何か真っ黒な雲が頭上にある印象でした。カナダの父親は開拓民の長男です。農業はロマンを感じさせてくれる職業というイメージを持っていました。ところが、日本の開拓地に入っていくと、長男だからやむなく農業をやっているとか、いやいやかかわっている人がいる。社会が農業の役割を評価していなかった。

 印象が変わるきっかけは、長野に訪ねてきた北海道・旭川の農業グループでした。ローマ字の名刺には「メロンファーム」とか「ライスファーム」とか。彼らのところに行ってみて、未来があるかなと思うようになりました。

 丸山 農学部に以前はたくさんいた農家の子弟が、今はほとんどいない。だからこそ体験を通じ心の目で見るようにさせないと。

 内田 農家の気持ちを聞くことは、教室で習うよりよほど大きな意義がある。兵庫県なら黒豆などをやっているところとか、本当の生産者の話を聞くのが大事です。

 まくどなるど 流氷の北海道から、亜熱帯の沖縄まで、農業の可能性が豊かな国です。大学では、学生に「1年間休学でもして、とりあえず日本列島を歩いてみたら」と言ってきました。

 生源寺 埼玉県の営農集団に泊まり込んで田植えをさせてもらい、北海道で学生と牧草の梱包(こんぽう)作業をやったこともあります。

 私は社会科学のほうで、農業政策にもかかわっていますが、自分が知らない世界があるということを念頭に置いたうえで、政策や経済学を考えるのが大事です。現場と理論の間を、悩みながら行きつ戻りつという学問です。

 ――地味な研究領域という印象が強かったのですが。

 内田 たとえば、農業土木の学会には明治にさかのぼる歴史があります。ハチ公のご主人、故上野英三郎先生が基礎を築きました。「水土の知」を掲げ、哲学的なもの、あるいは歴史的なものも大切にしてきました。

 ――「水土の知」ですか。

 内田 司馬遼太郎は、棚田を「万里の長城に匹敵する」と言っておられる。ため池は全国に23万近くあります。水の大切さ、土の大切さを言ってきましたが、それが維持できなくなっている。

 棚田とか森林とかは「緑のダム」です。管理できない、維持できないとなれば、川に水がどっと出てしまう。温暖化問題もあり、棚田などを維持するのが使命だと思っています。

 コウノトリの保護もそうです。もともと非常に弱く、突っついた先に何かあったら食べるという鳥です。そのために水銀とか農薬で弱ったドジョウとかカエルとかを食べてしまい、絶滅の危機を迎えました。棚田にドジョウが上がらないとだめなわけですね。そのための魚道づくりを進めています。生物の多様性が維持でき、安全で安心なものがつくれる。環境を管理していく技術が大事です。

 ◇農村の振興

 ――掛け声倒れに終わらない農村振興が欠かせません。

 丸山 農村には20%しか人口がいない。作っても、もうからないのです。農家にとってまず必要な収入が足らないから人も減る。何でそうなってしまうのか。グローバル化ですよ。最後は生産コスト。日本の稲作農家は、単純平均で1.2ヘクタールぐらいですか。

 生源寺 単純な稲作だけなら、1ヘクタールいっていない。

 丸山 米国の稲作では180ヘクタールぐらいあります。これで自由化だといったら、だれもいなくなってしまう。ただ、山村でもうけている人はいます。休耕田の標高差を利用して大根をつくるとか。そういう試みを邪魔しない雰囲気が大事ですね。

 ――まくどなるどさんは、農村漁村研究者と紹介されることもあります。

 まくどなるど 01年から08年まで、宮城県で農村暮らしをしながら調査をしました。そのころ、地元の酒造会社が農業法人を設立しました。農業者と競争するのでなく、新たなチームをつくり、休耕田での農業を目指しました。環境保全型農業です。

 最初、法人化と聞いて、はらはらした部分はありましたけれども、地域貢献という柱のもとなら、新たな構造を築いていける。

 ――耕作放棄地の面積は埼玉県並みと言われます。一方で自給率は低い。余っている農地を、どうして活(い)かせないのでしょうか。

 生源寺 丸山さんがおっしゃったとおり、邪魔をしないのが大事です。たとえ善意であっても。補助金が入ると、もうかったような気になりますが、規格が決められる。象徴的なのが、減反、生産調整です。議論があるところですが、生産者から経営判断の自由を奪っているのは間違いない。減反は40年続いています。それでなお出口が見えなかった、というのは情けない。

 農業は産業です。経営者がどれだけ頑張って成果を生んだかが問われます。邪魔をしないという政策の基本的な考え方を固めておくべきです。

 これからの若い人を引きつけるキーワードは、品質と情報です。高い品質のものをつくるということでは、日本の農業者はすばらしい。もう一つ加えたいのは、製造工程の品質ですね。里山の保全も含まれます。要は周辺の環境に悪さをしないことです。

 ◇求められる責任

 ――どれだけの農薬を使ったとか。

 生源寺 それもあると思いますが、重要なことは、製造工程の品質は、最終製品を見てもわからない点です。ふん尿垂れ流しの酪農家も、きちんと処理しているところも、生乳は変わらない。一番望ましいのは、消費者が選ぶことによって環境保全型農業が広まっていくことでしょう。やはり情報です。

 まくどなるど 全国環境保全型農業推進会議が15年前にできました。メンバーとして、エコファーマー認証制度や減化学肥料、減農薬のガイドラインをつくってきました。農業者に加え、消費者、行政、食品会社や教育者など社会のステイクホルダー(利害関係者)すべてがかかわらなければ実現しないという考えで発足しました。

 現場の農業者は、自分の農法が自然界にどのような影響を及ぼしているのかを考えなければいけない。買う側も生産地だけでなく、農法はどうなのか考えたい。

 丸山 製造者責任と同じように、消費者責任が存在するはずだと考えます。

 生源寺 そうですね。農業が我々の食生活を支えているというのは自明のことで、食生活が農業を支えるという面もあるはずです。

 内田 やはり食育です。どういうふうにしてつくられているのかというのを知らないですから。現場を見るのが大事だと思います。

 ◇温暖化と農業

 ――温暖化について、丸山さんのお考えは。

 丸山 赴任先の北海道で、夏に台風が四つもやってきた。以前なら熱帯低気圧になっていた。

 農学の課題として、温暖化に対応した技術開発がある。稲は熱帯のものと思うでしょうが、暑過ぎると収量も品質も悪くなる。北は南の技術をもらえばいいという問題ではありません。土は違うし、風向きも違うのですから。

 ――まくどなるどさんは、世界の科学者が集まった気候変動に関する政府間パネル(IPCC)に協力されました。

 まくどなるど 99年から07年の11月まで、第3次、第4次評価報告書にかかわっていました。農業との関係(についての記述)が増えています。農業は加害者でもある。温室効果ガス排出量が大きな問題となる機械化から脱した農法が求められている。

 ――農学部は日本じゅうにあるわけで、出番は限りない。

 生源寺 不況下では投資を行って需要をつくり出せばいいが、では何に資金を投じるか。グリーンニューディールは、一つの回答だと思います。

 内田 低炭素化社会の実現に向けて大きな戦略を立てないといけません。ハイブリッド車や太陽電池が売れているから、必要な技術は日本にすべてあると思うのは間違い。街路樹を剪定(せんてい)したものからバイオ燃料を作るような技術が大事です。防災も含めた農学で、今後の被害をどう最小限に食いとめるか。世界と協力しながら進めていきたい。

 ――年末の気候変動に関する国際会議COP15に比べ、来年の名古屋での生物多様性に関するCOP10の知名度は落ちます。

 内田 昔は春の小川にはメダカがいてゲンゴロウもいるのがふつうでした。コウノトリも同じですが、農薬や水の汚濁で姿を消した。農業が負の負荷をかけたというのを、しっかり認識したい。

 ――まくどなるどさんは、里山と里海の報告書をCOP10に出されると聞きました。

 まくどなるど 92年にリオデジャネイロで開かれた国連地球サミット(環境と開発に関する国連会議)で、多様性と気候変動は同じ条約になるはずでしたが、残念ながら二つに分かれました。連携が必要だと思っています。

 COP10に向けた日本の生態系評価では、里山と里海を対象にしています。生態系から人間が得られるものは何なのか。我々の営みがどういう影響を及ぼしていくのか、を調べています。

 ◇食糧問題

 ――食糧問題への貢献について考えたいと思います。

 生源寺 ダルフール紛争が気になります。スーダンの留学生を指導したものですから。基本的には干ばつと遊牧民が組み合わさった問題です。食糧が確保できなくなったときに移動して、摩擦を起こすパターンです。我々には何ができるか。特効薬になるものは出てこないですね。

 食糧の緊急援助のほか、環境ストレスに強い品種の開発もあります。灌漑(かんがい)施設は内田先生が専門ですが、供給力を支える手助けになる。もう一つは、人を育てること。ただ時間がかかります。

 こうした支援策は、回り回って日本にも利益をもたらす要素があります。近隣に食糧生産が不安定な地域が出現し、紛争やテロが広がったら、どうなるでしょう。先進国にとって、食糧の問題は、安全保障問題です。

 内田 極論すると、日本の農業は食糧危機が来たら、間違いなく復活する。ただ、今の備蓄だけでは絶対もちません。もし危機に陥ったら、1カ月ぐらい輸入が止まる可能性はあります。そのときのことを考え、後世の人たちから後ろ指をさされないように心がけなければならない。

 ため池や農地を守り、農業に力をつけておくことです。水資源は枯渇する方向にあると思いますので、灌漑を含めて貢献していきたい。

 ――丸山さん、減反が続いたなかで、食糧問題への備えはありますか。

 丸山 米余りだから多収穫の研究をやめたかというと、そんなことはない。超多収計画など、飛躍的に大量の米が実るようにして、それをえさに使うといった内容です。たくましくやっています。待てば海路の日和ありで、ようやく飼料稲、飼料米あるいはバイオマスがあらわれ、育ててきた品種が日の目を見ました。試す場面があれば、もっと出てきます。

 そもそも限られた土地から能率よく食糧を得るのは、1万年前に農業を始めて以来、試みてきたことです。お米がとれるのに減反するのは、非常に特殊なケースですよ。

 ――丸山さんは緑提灯(ちょうちん)の提唱者です。地産地消の運動は自給率にもかかわります。

 丸山 農業技術者ですから、自分の技術で自給率を少しでも上げたい。でも、それ以外に何かできないか、お酒を飲みながら仲間と論議しているときに思いついたのです。

 北海道は食料自給率が200%もあるのに、居酒屋で何を出しているのか。道内のスーパーに行ったら、チリ産のサケしか置いていなかった。そんななかで、緑提灯を提唱しました。すると応援隊が生まれ、仲間が勝手にホームページをつくってくれるようになったのです。

 私の研究が目指すのは、農家がもうかること。頑張っている元気な人がいる間はまだいいですが、いなくなったら本当に大変です。(敬称略)

 <全国農学系学部長会議とは> 全国の大学の農学部長らによる横断組織。現在、57大学71学部のトップで構成されている。国公私立を問わず、獣医学、水産学、繊維学、環境学などの学部も含まれる。生命科学や環境科学のフロンティアを切り開いている研究室も多い。
 会議は社会への発信・提言にも取り組む。昨年10月には「農・食・環境の再生を目指して――農学の新たな挑戦」との特別声明を採択した。自給率の落ち込み、食の安全や地球温暖化問題への関心の高まりを受け、「農林水産業の再生」と「農学の役割と社会的責任」を訴えた。

 <緑提灯とは> 日本産の食材の使用量がカロリーベースでメニューの50%を超える店の店頭に緑色の提灯を下げようという民間の運動。使用率50%で星一つ、60%なら二つと高いほど星は増えるが、あくまでも自主申告。事務局によれば、虚偽申告の罰則は「反省と書いた鉢巻きを締める」。05年4月、北海道・小樽から始まり、加盟店舗は全国で2200を超えた。

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