フォビオンセンサーの厄介さ |
実際に現像ソフトを自作してあれこれ試した結果、現行フォビオンの厄介さをあれこれ感じた。世間ではフォビオンの弱点として極めて多くの現象が挙げられているが、言ってる本人が根拠を持っているかどうか甚だ疑問なことが多い。
フォビオンの弱点の多くが濡れ衣であり、センサーの責任ではない。人肌が黄色くなるのも夜景が黄色くなるのも鮮やかな赤がベトベトになるのも、現像ソフトの段階できちんと対処することが可能だ。
では、センサーが原因で発生する問題とは何なのか?
それをまとめてみる。現時点では問題が多いこともまた確かではある。どれが原理上の問題であり、どれが製造上の問題に過ぎない(つまり将来は改善が見込める)かを見分ける必要がある。
1)リードアウト時の彗星ノイズ
2)明暗境界がマゼンタかぶりする
3)色のS/N比が悪い
センサー自体とは関係がないが、X3Fという形式も手抜きがある。まず、記録形式はSDの場合「ロスレス圧縮RAW」である。
ロスレスと言えば可逆圧縮のように聞こえるが、実際は不可逆圧縮である。X3Fフォーマットは、「RAWに近い」データの「情報紛失することがないに近い」圧縮法を使用しています。
圧縮は直前画素(左隣)との差分を取り、ハフマン符号化を行っている。問題はこのハフマンテーブルにある。12ビットのRAWを可逆圧縮するためには、ハフマンテーブルも最悪ケースで12ビット(4096個)必要となる。ところが、X3Fファイルにはハフマンテーブル用に1024個分の容量しか確保されていない。更にSDの場合、ハフマンテーブルは画像毎に最適化するのではなく、固定値が使用されている。
圧縮の手抜きには性能上の問題があるのだろうが、フォビオンの画質に触れると容量増えても記録形式として「無圧縮RAW」を選択可能にしてくれ!と言いたくなる。
1)リードアウト時の彗星ノイズ (SD14では改善済)
X3Fに記録されたRAWデータがどんなものであるか、見たことがあるユーザーは少ないはずだ。dcraw に手を加えれば、本当のナマの画像を拝むことが出来る。それは予想を裏切る非常に厄介なシロモノだ。
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これは、SDでの撮影が難しいとされる代表、イルミネーションである。RAWの段階では素晴らしく奇麗に見える。しかしガンマが1なのでそのままでは暗部が分からない。そこで、ガンマ補正してみる。すると、驚くべきことが・・・ |
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これが、↑の画面中央付近。200%拡大による表示である。 SD10に限らず、デジカメのリニア現像はどんな感じになる。 |
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ガンマを2にして表示してみた。一般に Win ではガンマ2.2とされる。Mac だと1.8のようだ。 |
ご覧の通り、イルミネーションの電球が彗星のように尾を引いている!
すべて画面右側に尾を引いている。これは、センサーからの信号を1ラインずつ左から右に読み出しており、その際にデータ(電荷?)漏れが発生していると考えれば説明出来る。
まるで、充分に乾いていないインクジェットプリンターの出力を、左から右に手で撫でたような画像になってしまうのだ。当然このままでは使い物にならない。
点光源の場合は分かり易いが、実際には輝度に関らず画面のどの部分でも信号が混ざってしまっている。このため、RAWデータをそのまま現像すると、細部がはっきり出ない。PSCSトライアウトでX3Fを現像した時に細部が潰れるのは、これが原因と思われる。
フォビオンなんだからRAWデータに輪郭強調など加えることなく素直に現像すればOKという目算が、いきなり壊れてしまった。まず最初に、この「引きずり」で汚くなっている画像を復元しないといけないのである!
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復元作業は「片側シャープネス」みたいなものだ。見ての通りの仕上がりとなる。これ自体は単純な処理であるが、文字通りの意味で「全くシャープネスの掛っていない」フォビオンの画像は存在しないということだ。存在させれば、PSCSトライアウトの現像のようにボケボケとなる。 |
現状では、この「片側シャープネス」だけを施した画像を「シャープネス切り」の画像として扱うのが妥当だと思われる。シャープネスを掛けていると言っても、単なる「読み出しノイズの除去」に過ぎないからだ。dcx3 はこの状態で画像を生成する。
-l オプションでリニア現像した場合も、「片側シャープネス」だけは掛けている。本当のナマを吐いても「見て確認する」以外に使い道がないからである。
1)に関しては完全にセンサー製造上の性能不足であり、フォビオン社による改善を要望したい。余計な画像処理が不要なはずのセンサーの利点がスポイルされている。もったいない。
とはいえ、これはありがちな現象であり、改良により何とか出来ると思われる。センサーの原理的な問題とは考え難いので、将来のバージョンでは問題無くなるだろう。
改善が求められるのは、点光源で非常な問題が発生するからである。正確には「センサーが飽和した場合」にである。
彗星ノイズは単純な現象であり、高速かつ容易に元の画像を復元出来る。しかしそれは、センサーが飽和していない部分の話である。
センサーに飽和部分があると、その右側の画像を正確に復元することは出来ないのだ。飽和が発生すると近傍の値(電荷)が信用出来なくなり、復元結果も信用出来なくなる。こうして、飽和点の右側に偽色が発生する。
2)明暗境界がマゼンタかぶりする (SD14では大幅に改善済)
一般には点光源の周囲にピンク色の縁取りが出る現象として現われ易い。正確な発生条件は、1画素の内部に明暗が同居することである。したがって、明暗境界でのみ発生しピントの合っている部分でしか発生しない。
直径数ドットの点光源では非常に目立ち、面光源でも境界では目立つ。また、明暗境界がシャープでない場合(太陽直写など)では目立たない、という次第だ。
この現象は一見謎であるが、センサーの実際の構造を見れば一発で理解出来る。フォビオンの構造は一般に流布している概念図とは全く違う。これまた1)の彗星ノイズ同様に、勝手な想像を粉砕してくれる予想外のシロモノなのだ。
フォビオンセンサーの情報は殆ど公開されていないが、US特許という公開情報がある。
この現象の明白な解決策は、ローパスフィルターの採用である。明暗境界を1画素以上のサイズにボカしてしまえば、発生しなくなる。同時に輝度モアレの発生も防止出来て一石二鳥!
しかし、この解決策を支持するユーザーなんて居るのか?(汗)
だが良く考えると、明暗境界に限らず色の境界が1画素内部に来た場合にも偽色が発生するはずだ。それこそローパスフィルターを外したベイヤーセンサー並に大量発生してもおかしくない。
つまり、各層の面積差による偽色の発生を防ぐためにセンサーには既に何等かの対策が施されており、強烈な光源の明暗境界ではその対策が追い付いていない、と考えた方が妥当だろう。
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US PAT 5965875 実際には遮光板が付いている。当たり前だ。しかし、光漏れ皆無ってことはないだろう。 |
余り明暗がはっきりしない場合は問題無し。ある程度明るくなると「対策」の防波堤が破れて下層が強く感光し、マゼンタかぶり発生。更に明るくなると防波堤が完全決壊して全層が強く感光し、結果的にマゼンタかぶりは解消。
実写におけるマゼンタ発生パターンを見ていると、そんな所だと思える。
これもフォビオンセンサーの「原理的な」問題とは思えない。実装は難しいかもしれないが画素内拡散フィルターなんて手もある。画素の一部にだけ入射した光を、画素全体にバラ撒くのである。これなら解像度を落とさずに偽色の発生だけを解消出来る。
いずれにしろ原理を変えないと解決できない厄介な話ではなく、技術進歩による改良で何とか出来るはず。つまりこれも1)同様に将来のバージョンで改善が期待出来る。
フォビオンに関するFAQの中でも多いのが、一般的な撮像素子と比較してダイナミックレンジやS/N比は本当のところどうなのか?ってものだろう。
結論だけ言うと、
a)色のダイナミックレンジは広い
b)色のS/N比は悪い
c)輝度のダイナミックレンジは広い
d)輝度のS/N比は良好
となる。
実際にはa)とb)は同じことを言っている。つまり、「フォビオンは色分離が悪い」のである。
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色分離無しのリニア現像した結果を見ての通り、出てくる絵には色がうっすらとしか付いていない。 |
フォビオンの原理図として出回っているものを見ると、RGBの三原色を直接分離して受光出来るかのようである。ところが実際には、殆ど分離されていない。ほんの僅かの色の違いから元の色を復元させなくてはならないのだ。
実際、色分離が「ほぼ不可能」なために、X3のアイデアは昔からありながらみんな実用化は無理だと思っていたという話。
センサーに入射する光の色が大きく変化しても、センサーに記録される色は僅かしか変化しない。
結果として、非常に広範囲の色を記録出来る。どんな色が入射しても、3層のすべてがゼロ以外の値を取る。感度曲線では青い光が入射してもR(下層)に全く届かないように読める。だが、実際はそうではない。
このため、色のS/N比は劣るが、どんな極端な色でも判別可能という意味で色のダイナミックレンジは広いのである。現実にSD10を使っていると、D60でどうしても再現出来なかった色があっさり再現された。
この3)こそフォビオンセンサーの原理的な問題である。つまり、色のS/N比の悪さをいかにカバーするかが実用上重要なのである。
Noise Reduction には周辺画素の情報を使うのが一般的である。SDユーザーであれば余りいい気分はしないと思う。しかし、それほど悲観することはない。
明るい部分ではNR無しでも十分に綺麗な絵が出せる。暗い部分でも色にNR掛けたからと言って細部の情報が消えたりアニメ絵になる心配はない。なぜならフォビオンの輝度情報が極めて高品質だからである。
現像段階での対策
現像ソフトを作る立場からすると、1)および2)は似たようなもので、3)とは明確に別の話となる。本来の現像ソフトは3)をいかに的確に行うかが問題となるはず。dcx3 では明部を受け持つR現像では一切のNRを行わないことでフォビオン本来の解像度や描写をスポイルしないようにしている。
ところが現実には1)と2)の対策にも追われるのであり、それは勘弁して欲しいよ!って感じだ。製造上の問題であるが故に、早急に改善を期待したい。
dcx3 製作中にあれこれ試したが、1)と2)は予想外に厄介である。輝度はともかく壊れた色情報に関しては、捨てるしかないとの結論に至った。壊れた後の色からでは、どうやっても元の色を再現することはできないのだ。
よって、これこそ周辺画素から補間するしかないのである!
実際に画像処理をする場合は「壊れている部分を判別する」作業と、「それを補間する」作業の2つが必要となる。
これらの作業は厄介であり、ある画像でうまく行っても別の画像で副作用が出ないとは限らない。色分離計算の方法やセンサーの特性については、フォビオン社が情報を持っている。しかし1)や2)で発生する問題に関しては、フォビオン社もベストな画像処理方法が分からないと思われる。
結局のところどうやっても問題が解消せず、SD9本体の発売も迫っているので仕方なく「壊れていそうな部分はみんな白で塗り潰し」たのが旧版のSPPだと思われる。
そして、光源の描写があんまりな事態に批判を浴び、補間を煮詰めたのがSPP2.0ということだろう。しかし状況によっては補間失敗も発生し、その典型が光点のピンクの縁取りってことだ。
ピンクの光点を見るとSPP2.0が怠慢なように見えるかもしれない。しかし実際にはSPP2.0は1)や2)を非常にうまく補間している。それは、自分でも1)や2)の問題に直面していろいろ試したから分かる。
ピンクを見るとシグマに「改善しろ!」と文句言いたくなるのは当然だ。しかしあれを安直に直すとまた別の問題が出るだろう。フォビオン社に対してセンサーの改善を要求する方が正しい。
dcx3 では補間のうまく行く画像(守備範囲)をSPPと変えるチューン(補間方法)を使用することにより、併用時に何とかなる確率をアップさせる道を取った。
2)に関しては1画素内部のミクロな話なので、マイクロレンズの有無で現象の発生具合が変わる可能性は高い。
SD10よりむしろSD9の方が症状が出難いのも、マイクロレンズ絡みな気がする。マイクロレンズにより集光されると、明暗境界もその分シャープになる。つまり、症状が出易くなる。
それでもフォビオン
フォビオンの欠点を検討すると、画像が将来どう改善されるかの想像も出来る。そして「改良」が施されたフォビオンが画質で最強を譲らないであろうことも想像出来るだろう。
少なくとも画質という一点で評価する限り、間違い無しに最強だ。現在は問題を抱えているが、それらは解決可能なはず。
今のうちからフォビオン慣れし、あるいは現像ソフトも作ることでフォビオンを良く知り、それによってデジタル最高の画質を得続ける。それが自分の皮算用でもある。
また、現像ソフトを自作したことで、撮り方も変わった。フォビオンに限らない話だと思うが、どれほど限られた情報から絵を作らねばならないか思い知ったのである。だから、デジカメでありがちな「アンダーに撮ってトーンカーブ持ち上げ」など、とんでもないと思うようになった。現像ソフトは光を求めて喘いでいるのだ。難しくても一発適正露出を狙って撮る!
極小画素になっても画像処理技術の向上で画質をキープ出来るってのも大嘘だ。とにかく良質の信号を得ることが第一である。現像ソフトの部分に汚れを押しつけてすましているなど、とんでもない!
密かにキヤノン
その後、キヤノンも有機色素を使用した多層センサーの特許を出願しているのを知った。今ではむしろそっちに期待している。フォビオン唯一の原理的欠点である色分離の悪さを解決可能だからだ。しかも、キヤノンならCMOSノイズを減らすのがうまく、現在のフォビオンではかなり画質に問題がある長時間露光や高感度撮影も快適になるだろう。
単なる特許回避ではなく、フォビオンの急所を直撃する形で「違い」を打ち出していることにキヤノンの凄味を感じる。完全にフォビオンを研究し尽くしていると思われ、それ故に利点も承知し尽くしているはず。そこから導かれる結論は、キヤノンは何としてでも自社開発の多層センサーを実用化しようとしているってこと。
直接的な証拠は皆無だが、自分はキヤノンが全力で多層センサーの開発をしていることを疑っていない。それが登場した時、フォビオンは画質で最強の座を譲ることになろう。
NHK技研と埼玉大が有機膜を使った撮像素子(ビデオ用だが)を開発したというニュースもあり、実現可能性もOK。そんな訳で、キヤノンに期待し、キヤノンをメインにシステムを充実させている現在である。