川口葉子の渋谷カフェ考現学

渋谷のカフェオーナー座談会

カフェで働く人々は日々、一杯のコーヒーを通して、街の人々となにげない言葉を交わしています。時にはそこからお店の枠を越えた友情が育っていくこともあり、また、お客さまどうしが親しくなることもあります。渋谷のカフェの店頭に立ち、街の空気を肌で感じているオーナー3人に、それぞれの渋谷観をおうかがいしました。

「渋谷という街を飲みものにたとえると?」

外山篤(とやま・あつし)さん/diego cafeオーナー

「チャイのようなものかな。チャイはさまざまなスパイスをつぶして、煮て作るものですが、簡単にパッケージ化した作り方もあります。ミックスした味にも、作る方法にも、個々の個性が出ています」

三浦武明(みうら・たけあき)さん/TOKYO FAMILY RESTAURANTオーナー

「渋谷は世界中からいろいろなものが集まってくる場所。混沌としていて、同じメニューの中に焼酎もワインも味噌汁も並んでいるバーのよう。その味噌汁を飲んだらアボカドが入っていた……というようにワケがわからないことも」

菊島圭太(きくしま・けいた)さん/CAFE ANTENNAオーナー

「たくさんの素材が混じった豚汁のようなもの。いろいろなものをぶちこんで、ぐつぐつ煮ている感覚ですね」

渋谷のカフェ3軒、それぞれの出店事情
CAFE ANTENNA

CAFE ANTENNA

川口 最初にお店の紹介と、なぜ渋谷に出店したかをお聞かせいただこうと思います。それでは、渋谷でのカフェ歴の長い順に、まず菊島さんから。

菊島 ANTENNAは2001年、駅近くの路地裏の比較的静かな場所にオープンしました。個人が出店するには大通りは費用面で難しいので、どうしても裏通りのいわゆる”隠れ家”的な場所になりますよね。物件を探していた当時はまだ若くて、直前にいい物件をひとつ逃してしまったこともあり、その勢いで、急いであの場所に決めました。うちの店は外から店内が見えないので、初めての人は入りにくいと思いますが、幅広い年齢層の人々が来てくれています。今いちばん多いのは20代後半の女性かな。いろいろなお客さんが来てくれて面白いですね。

diego cafe

diego cafe

外山 diegoは2003年に渋谷と代官山のちょうど中間くらいにオープンしました。店名にマラドーナのファーストネームをいただきましたが、2002年にワールドカップの熱狂を見て、集団で熱狂するのではなくてもっとゆったりサッカー観戦を楽しめる場所があってもいいと思ったし、自分が体験してきたヨーロッパのカフェのように男性が気軽に入れるカフェを作りたかったんです。とはいえ、サッカーはコミュニケーションのキーワードのひとつであって、カフェ本来の基本をしっかりさせて営業しているつもりです。

川口 渋谷を選んだのは?

外山 
自分の属しているコミュニティが渋谷に近かったからです。自分のコミュニティを延長、拡張するようなつもりでお店を始めようと思ったんです。入りやすい路面店にしたかったので、繁華街から離れた住宅街に出すことになりました。
TOKYO FAMILY RESTAURANT

TOKYO FAMILY RESTAURANT


三浦 
TOKYO FAMILY RESTAURANTは2006年にオープンして、現在9ヶ月目を迎えるところです。ワールドフードレストランと名づけて世界20ヶ国の食事やビールを提供しています。食で世界旅行という感じで。

川口 
三浦さんは原宿のカフェや高円寺のカフェの立ち上げも経験されていますが、高円寺と渋谷をくらべると感触は違いますか?

三浦 
高円寺の店は住宅街にある”家に近いカフェ”で、仕事帰りなど帰路で寄るお客さまが多かったですね。「ただいま」みたいな店名をつけた、地域密着型のお店でした。今度のお店は渋谷区内の大きな街と街を結ぶ地域にあるんですが、渋谷区を生産地側と消費地側に分けると、うちの店があるのは生産地側。まわりにはアパレルの会社や小さなデザイン事務所が多くて、そこに仕事に来ている人々がビジネスランチに来たり、その流れで夜に使ってくれています。週末になると同じ建物の上のマンションに住んでいる人が家族連れで来たり。先日は小学生の誕生パーティーがありましたよ。繁華街から遠い分、30歳以上の方、特に男性の方の来客が多いのも特徴です。

初めての渋谷体験=チーマー、シブカジ、渋谷系ミュージック

川口 初めて渋谷に遊びに来たのは何歳の頃ですか? 当時の渋谷にどんな印象を持たれました?

菊島 
僕は中学生の頃……80年代かな。当時の渋谷はチーマーがいて危ない街というイメージでしたね。渋谷に来たのは服を買うのが目的。その頃はあまりよく知らなくて、まだこじんまりやっていたBEAMSなどに背伸びしたつもりで行ってました。

川口 
今の渋谷はどんなふうに感じますか?

菊島 
うーん、正直なところ、わからない。つかみにくい街ですね。好きか嫌いかと言われたら……どっちでもない(笑) もう行くお店が決まってしまって、自分で飽きてきたのかもしれない。でも、高校生などが来たら、いろんなものが新しくて新鮮に映るだろうなとは思いますよ。6年前にANTENNAを始めた時の感覚では、「ほかにないもの」「目新しいもの」を考えて作ったつもりだったんだけど、6年たった今、どう映っているかはわからないですね。

外山 
僕は東京育ちなので、いつが初めての渋谷だったのか記憶にないんですが、菊島さんより少し年上なので、子どもの頃は怖い街といったら新宿で、渋谷はおしゃれな街のイメージでした。渋谷がリアルに自分の記憶に残り始めたのは中高校生時代からで、ちょうど渋谷発の文化が認知されて定着していった時代。シブカジ、渋谷系などのジャンルが生まれましたが、僕は渋谷系の音楽が好きで、そこからアプレミディの橋本徹さんのサバービアに影響を受けるようになりました。だから、僕にとって渋谷は文化の発信地だったんだろうなと、今ふりかえれば思いますね。

川口 
現在の渋谷はいかがですか?

外山 
以前は大きなムーブメントとしてシブカジや渋谷系の音楽があったように、メインストリームというものが存在していたんですが、今はひとつの流れにはまとめられないですね。いろんな人がいろんな考え、いろんな思いを抱えてこの街で仕事をしていたり、遊びに来たり。とても多くの人たちの”なにかやりたい”という意志のエネルギーが集まっているのが面白いと思います。時には疲れますけど(笑)


三浦 
僕は練馬育ちなので、子どもの頃に身近な街といったら池袋や新宿でした。渋谷に行こうと思ったのは小学生か中学生の頃かな、放浪癖があって街を歩き回るのが好きだったので、ひとりで電車に乗って渋谷に行った記憶があります。

川口 
それは何年代?

三浦 
80年代ですね。世代的に言うと、僕は高校生のときに携帯電話がなかった世代。中学生の時期には、制服のスカートの長さが極端に変化したんですよ。2つ年上の人たちのスカートはすごく長くて、僕たちの学年の子のスカートは短い(笑)……子どもの頃から音楽が好きで、渋谷にはDJバーやレコード屋を目当てに来てました。レコードやCDを買ったあと、そのときのお財布具合やテンションで、行く喫茶店が決まってて。喫茶店に入って戦利品をひろげて歌詞カードを見て、わくわく感を高めて家に帰ってましたね。3・4(Sun Sea)とか……今もあるのかな。

川口 
3・4、ちゃんとありますよ。渋谷は三浦さんにとって、音楽をもとにして歩き回る街だったんでしょうか。

三浦 
そうですね。「音楽のあるカフェ」という点では中央線のほうが面白くて、ジャズ喫茶や、アンビエントをかけるお店は中央線沿線のほうが早かったかな。つわもののおっさんがやってるような店。

川口 
中央線のほうがマニアックな感じですか?

三浦 
マニアックと言っていいのかどうか、渋谷より「ただこれが好きで、こうなっちゃいました」みたいなお店が多くて。

川口 
自然発生的な。

三浦 
うん、渋谷はもうちょっと感度が高いというか、僕にとっては今のエッジに触れに行くという感じでした。

川口 
現在の渋谷はお好きですか?

三浦 
「住めば都」と言うし、好きですよ。実際に渋谷に住んできましたし。やはりこれだけ多くの人、物、事と出逢えるエリアはあまりないですからね。渋谷と言えば一般的には駅を中心とした繁華街のイメージが強いんですが、僕にとっては渋谷はもっと広くて、代官山とか原宿とかを含めたエリア。

カフェが「渋谷」の範囲をひろげてきた?

川口 これからの渋谷に望むことはありますか?

三浦 
大規模な商業ビルは街を活気づけるけれど、それだけでは味気ない。もっと人が中心になれる街になったらいいなと思います。街に”作られた感”、”管理されてる感”があって、きれいだけれど匂いのないお店が増えています。これは善し悪しではなく単純な僕の好みですが、商品を見て、どんな人が作っているんだろうと興味をそそられるようなお店に残ってほしい。原宿の不動産バブルの波が押し寄せてきて、大きな開発も始まり、街がきれいになっていいという反面、小さなお店が残りにくくなっているのを感じます。

川口 
路地裏を散歩するのがつまらない街にはなってほしくないですね。

三浦 
僕は自分でも開発に参加してみたいと思うんです。よく商店街を眺めて、僕だったらあの店はこうするなと考えたりするので。東京の一生活者として、自分たちの街を楽しくしていきたい。自分たちが何を選択するかが世の中を作っていくし、何を大事にするかという優先順位は、みんなの生活の感覚の中でシフトしてきているはずだから、もっと渋谷という街に人が参加できるといい。そんな思いやアイディアを持っている人はたくさんいると思うので、みんなを巻き込んでいけたらいいなと。

外山 
開発に関して言えば、宇田川町側は早くから開発されてきましたが、菊島さんや僕のお店がある桜丘町や東は、以前は感覚的には渋谷じゃなかったと思うんですよね。今は僕らがそういいうところにカフェを開いて、確かにSOHOで仕事を立ち上げようとしている人やデザイナーさんなどが周囲にいらっしゃるし、コミュニケーションの場所を提供する側として、そういう人たちに渋谷に集まってほしいという気持ちもあります。でも、最近は渋谷区東のあたりに大きな商業ビルが建ち始めていて、働く方の服装などもちょっとずつ変わられて、ビジネスタウンになりつつありますね。渋谷を散歩しながら見ていると、街が拡張していて、さらにへんぴな場所にお店ができ始めています。

川口 
ああ、そういえば私はANTENNAがオープンする前には渋谷にあんな場所があることを知らなかったし、TOKYO FAMILY RESTAURANTができなければ駅からあのあたりまで行くこともなかったから、ある意味、カフェが感覚的な渋谷の範囲をひろげたと言えるかもしれないですね。

菊島 
だいたい個人でやろうと思ったら、あのへんしかないんじゃないかな(笑) 山手線のこっち側はチャレンジストリートと呼ばれてますよね。外山さんの店のあたりも。

外山 
いや、実際には小さな店が幾つもつぶれてますよ(笑) 個人の経営者は資金的にメインの場所ではなかなかできなくなって、へんぴな場所を選ばざるをえないから、渋谷で新しいことを始めるチャンスがつかみにくくなっている部分が確かにあります。でも「世田谷ものづくり学校」のような廃校の校舎の再利用とか、リノベーションするという方法論もあるし、長屋的にいろんな個性が集まって、全体としてひとつのストリームになれば面白いなとは思います。

カフェは化学反応の舞台

三浦 うちはもう渋谷をひろげるというより、かなり離れている場所なんですが(笑) さまざまな人の受け皿として、せっかくいろんなコミュニティを持った人が来るので、違うコミュニティ、違うジャンルの人たちがゆるやかに知り合える店にしたいと思っています。

川口 
巨大な街に小さなコミュニティがうようよあるって面白いイメージだなと思ったんですが、三浦さんのまわりには具体的にはどんなコミュニティがありますか?

三浦 
diegoさんだったらサッカーが好きだよというお客さんがいらっしゃって。お店のオーナーが好きなもの、好きな感じを呼び水にして、人が集まってきますよね。それぞれが仲間のいる場所にたどりつくという感じですね。コミュニティ間の交流がもう少しあるといいなと思うんだけど。

川口 
コミュニティどうしは混じりにくいものなんですか?

三浦 
どうだろう……僕自身はお店をやっていて、「リアルの中でmixiのようなことをやっているんだ」と思うことがあります。本当は逆っていうか変な言い方ですけど。お店に来たお客さまを見て「あの人とこの人が出会ったら面白いだろうな」と思って話をふってみたら、一緒に仕事が始まったり。カフェがそういう場所としてあったらいいですよね。同じものが好きな人どうしで集まるのは楽しいけど、音楽をしている人が別のジャンルの人、たとえば画家と出会う楽しさもあると思うので、コミュニティは開いていてほしいですね。

外山 
うちでも、サッカーというコミュニケーションのキーワードはあるんですが、それはあくまでも趣味で、皆さん違う仕事をしているし、違うサッカーチームを違うかたちで応援しているんですね。お客さまが持ち寄るさまざまな興味が交わる接点がカフェで、出会うことによって化学反応を起こして新しいものが生まれるというのはいいですね。実際にdiegoでも、デザイナーさんと出会ってチームのユニフォームを作ったということがありましたし。また、お店自体も化学反応を起こしていくべきなのかなと思います。

東京が好きと言いたいから

三浦 渋谷で働いていると、お客さんとの会話が「渋谷は人が多くて……」なんて東京の悪口みたいになりがちだけど、僕自身は東京で生まれ、東京で育ったので、東京が好きと言いたい。5年後は今よりもっと楽しいと思えなきゃつまらないじゃないですか。渋谷は強い吸引力や発信力を持っているので、誰かに何かを与えられるのを待つんじゃなくて、みんなで街に参加していけるようなことができたら楽しいですよね。多様化、細分化、或いは逆に均質化、均一化が進んでいく中で、これだけ人口があるんだから、みんなでひとつになるなんて必要はないけど、もっとそれぞれが自然に街に参加していくってことをどうやったらできるかなと考えています。

川口 
私は初めて渋谷に来たとき、18歳の頃でしたが、街にとりつくしまがないと感じていました。買い物をすれば表面的なコミュニケーションはあるんだけど、それ以上に街に踏み込もうとすると参加の方法がなくて、渋谷が嫌いだった時期がありましたね。その当時、三浦さんみたいなことを考えている人がいるカフェに出会ったら、ずいぶん幸せだったんじゃないかと思います。

■プロフィール

川口葉子

川口葉子(かわぐちようこ) ライター、エッセイスト。
茨城県日立市生まれ。大学時代より東京都在住。散歩や旅の途中で訪れたカフェは800軒以上にものぼる。1999年末から趣味が高じてサマンサのペンネームでWebサイト『東京カフェマニア』を主宰。雑誌や各Webサイトでエッセイやカフェのレシピを連載中。2006年8月に「カフェから始まる旅がある」をテーマに北海道から沖縄まで、全71軒のCafe Tripを収録した『カフェの扉を開ける100の理由』を情報センター出版局より書籍として発刊

■著書 『東京カフェマニア〜A Small, Good Thing』(情報センター出版局)
『おうちで楽しむカフェのおいしいコーヒー』(成美堂出版)
『カフェに教わる 10分でひとりパスタ』(宝島社・spring編集部)
『20分でできる ひとりごはん・夏』(宝島社・spring編集部)


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