東日本大震災や福島第一原子力発電所事故の発生以来、様々な事例が、有事のリーダー像について問いを投げかけている。こうした緊迫した状況におけるリーダーの在り方については、軍隊の人材育成に学べるところも多いといわれる。そこで、英国海兵隊特殊部隊の戦略遂行理論をビジネスに応用したリーダーシップ研修を実施している英マッキニー・ロジャーズ日本法人の金杉康弘プリンシパル コンサルタントに提言を聞いた。

(聞き手は井上 健太郎=ITpro


大災害からの復旧・復興にリーダー人材が必要とされている。このようなときに強いリーダーの人物像とはどういうものか。

写真●マッキニー・ロジャーズの金杉康弘プリンシパル コンサルタント
写真●マッキニー・ロジャーズの金杉康弘プリンシパル コンサルタント

 要求されるスキルや振る舞いの大部分は平時のリーダー像とは変わりないが、やや異なるところもある。情報収集と分析に時間をかけられないので、実行しながら考えるくらいの心構えでPDCA(計画・実行・検証・見直し)を早く回す必要があることと、関係者がパニックになる可能性を強く意識しておかなければならないことだ。周りの人たちを落ち着かせ、それが無理ならば休ませるといった配慮が必要になる。

 パニックというと暴発行動ばかりを思い浮かべがちだが、突然の危機に瀕したときのパニックは、軍人によれば「全く動かなくなる」か「スローモーションで動く」のどちらかだといわれている。こうしたパニックは恐怖感を強く感じ、かつ、「今何をやるべきか」が見えていないことが重なったときに発生する。

 恐怖感をコントロールすることは難しい。例えば、銃弾が飛び交う場所にいれば、誰だって恐怖を感じる。そこで重要なのが、ミッション(何をやるべきか)をリーダーが明確に示すことだ。パニックに陥らないうちに「あの橋まで走れ!」と明確な目標を示す。すると、恐怖感に負けずに行動できる。

リーダーは平時のうちにどんな備えをしておくべきなのか。

 ミッションを整理しておき、明確な実行計画を立てておくことだ。

 計画を立てるに当たって実際に問題になりがちなのは、計画の前提となる目的と状況を関係者全員がぶれなく共有できているかどうかだ。有事の際に「今、行動する目的は何ですか」と聞かれたときに、関係者によって答えが微妙に食い違うということがよくある。

 だからこそ、目標はシンプルで明確なものでなければならない。もし多くの目標が存在することで、食い違いが生じるようなら、シンプルな目標を持たせるよう、個々の部隊ごとに最も重要な目標に絞り込んでおくことも必要になる。

 状況の認識が一致しない、ということにも注意する必要がある。「今何が分かっていて、何が分かっていないか」「私たちは目標達成までの何合目にいるのか」などの現状認識を同じにしておくことも、組織が計画を正確に共有するための必要条件だ。

 計画を明確に共有できたら、リーダーが平時のうちからメンバーを鼓舞し、強化し、評価しておく。ここでいう「強化」は、平時から繰り返し訓練することで行動できるようにしておくということと、状況が変化しても大丈夫なよう対応力を身に付けさせることの2つの意味がある。大雨が降ったり、燃えているところがあったりと、計画時に想定した状況と異なることがあったとしても、計画通りに動けるようにしていく。

 「評価」は具体的には「一定の活動が終わったときの振り返り」と「賞賛」の2つだ。訓練でも実戦でも、たまたまうまくいっただけなのか継続して安定的に実行できるかどうかを、きちんと検証する。また、目的をある程度達成したときにはタイミングを逃さず「良くやった」と褒めてメリハリをつけることだ。これをしないと、メンバーに疲ればかりが蓄積したまま、次の過酷な目標に向かわなくてはならなくなってしまう。

計画の実行段階でリーダーが気にするべきことは何か。

 コミュニケーションが鍵となる。メンバーそれぞれがどういう状況にあるか、しっかりと把握して、正しい方向へ導くのがリーダーの役割だ。

 事前の想定通りでない状況になっても、どう状況が変化したのかを情報発信し、それによってどのようなインパクトがあるのかを宣言しなければならない。状況の変化があまりにも大きい場合は計画の変更を検討する。

 例えば企業経営において中期経営計画の中間段階で、とても達成が望めそうもない数字が出てしまったとする。このようなとき、まだ目標を死守するのか、もう経営陣も諦めて違う計画に移行しているのかを、従業員に対して宣言する必要がある。こうしたコミュニケーションを軽視する経営者が少なくない。