かりゆしウェア
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かりゆしウェアとは沖縄県などで主に夏に着用されるアロハシャツに似たシャツである。沖縄で縫製され、沖縄観光をピーアールする柄のものと定義される。ワイシャツとネクタイに代わる夏のホワイトカラーの服装として沖縄県では広く定着している。また、2005年にはクール・ビズの一種として内閣府沖縄担当部局を中心に中央官庁で着用の動きがある。「かりゆし」とは沖縄方言で「めでたい」という意味を表す。
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[編集] 概要
かりゆしウェアはアロハシャツを参考に作成されており、基本的なデザインはアロハシャツと同じ半袖開襟シャツである。左胸には通常ポケットがつき、裾はズボンから出して着ることを想定して短くカットされている。柄は沖縄の伝統工芸の織物を模した柄や、ゴーヤーやシークヮーサー、シーサーやハーリーといった沖縄独特の風物をモチーフにしたデザインが採用されている。柄については年に一度、「テキスタイルコンテスト」としてかりゆしウェアに使われる生地のデザインコンテストが行なわれたりもしている。
2000年以後は特に多くのバリエーションが生まれ、日焼けを気にする女性用の七分丈のもの、葬祭の場で着用できる黒を基調としたフォーマルなものなどが販売されている。
価格は安いものでは数千円から、芭蕉布などを利用した一着数万円の高級品まで様々である。
[編集] 歴史
かりゆしウェアは当初観光をアピールすることを目的に、沖縄県ホテル組合が中心となって1970年に着用を開始した沖縄シャツに端を発する。その後2度のオイルショック時などに普及を図ったが、当初は柄が紅型や八重山ミンサーといった伝統工芸をモチーフにした柄のものに限られバリエーションに乏しく、着用はホテル業や旅行社・ツアーコンダクターなどの観光関係者にとどまった。
1990年に名称を「かりゆしウェア」に改めカジュアル・フライデーなどでの着用が推進された結果、徐々に官公庁などでの着用が広まるようになり、2000年の九州・沖縄サミットで各国首脳が着用し、その際に定義が現在のものに変更され、バリエーションの幅が広がったことなどを契機に官公庁・銀行ほか一般企業でも広く普及するようになった。沖縄県衣類縫製工業組合の調べでは2004年の出荷枚数は31万枚を数えている。
[編集] 普及
現在沖縄県では4月から11月までをかりゆしウェア着用推進期間とし、期間中は知事を筆頭に地方自治体の大部分でかりゆしウェアが着用されている。また、沖縄県議会が1999年9月議会から議場内での着用を容認し、現在では大部分の議員が着用するなど地方議会でも着用が進んでいる。郵便局・日本トランスオーシャン航空などでは独自の柄のものを夏の制服として採用している。県外企業の沖縄支社などでも、カジュアル・フライデーに着用するなどの動きがある。
2005年、環境省や経済産業省が中心となって「夏の軽装」運動を実施する際に、環境大臣の小池百合子が沖縄担当大臣を兼務していることもあり、かりゆしウェアがクール・ビズの取り組みの一環として推進されることになった。推進期間開始の6月1日には内閣府沖縄振興局などで多くの職員が着用したほか、小泉純一郎首相が着用した(小泉純一郎は2003年に沖縄県で開催された太平洋・島サミットですでに着用の経験があった)。
またNHK沖縄放送局では、2006年4月にスタートした平日夕方のニュース番組『ハイサイ!てれびすかす』において同年6月~10月の期間、原則としてキャスター・リポーターは全員かりゆしウェアを着用して出演した。この活動が評価され、同局は「かりゆしウェアの普及に貢献した」として表彰された。
[編集] ブランド
「かりゆしウェア」の語は沖縄県工業連合会の商標登録であり、ブランド名の使用にあたっては連合会の委託を受けた沖縄県衣類縫製品工業組合が認定を行なっている。認定にあたっては、
- 沖縄県内で縫製されたもの(布地は県外で生産されたものでも良い)
- 沖縄観光をPRする柄のもの
であることが必要とされる。

